今も生き続ける『遠野物語』

2014年6月にNHK『100分de名著』で、遠野物語が放送される。
ゲスト講師:石井正己(東京学芸大学教授)
http://www.nhk.or.jp/meicho/famousbook/34_toono/index.html

遠野にては山中の不思議なる家をマヨヒガと云う(六三話)
映画『千と千尋の神隠し』は、主人公の千尋と両親が不思議な神の世界へ迷い込む話だ。白い竜のハクは、都市化とともに消えた小川の生まれ変わりで、テキストの見出し「神隠しの話と生まれ変わり」とつけてもおかしくないタイトルだ。

同じ人六角牛に入りて白き鹿に逢えり。白鹿は神なりという言い伝えあれば、もし傷つけて殺すこと能わずば、必ず祟あるべし・・・(六一話)

これはまるで、映画『もののけ姫』に出てくるシシ神ではないか。猿、狼が出てくる岩山のシーンもある。猩々(しょうじょう)が石を投げるシーンを髣髴とさせる。

此山には猿多し。緒桛(をがせ)の滝を見に行けば、崖の樹の梢(こずえ)にあまた居り、人を見れば遁(に)げながら木の実などを擲(なげう)ちて行くなり。(四七話)

序文にある「平地人を戦慄せしめよ」は、そのまま映画のキャッチコピーにさえ使えそうだ。

原著をただ番号順に読んだだけでは、なかなか気づかない。このように宮崎駿の作品といくつも共通するキーワードが、遠野物語にあることをこのテキストで発見した。宮崎映画のストーリー全体は別として、細部の設定から感じる面白さは、こんなところにもある。一連のアニメ映画と100年前の遠野物語には、普遍性を持つ日本の精神文化がある。

1世紀以上前の文体でわかりにくさがある原著を、このテキストでは現在につながる話しとして解説していて、これだけでも読み応えがある。

久々に引っ張り出してきた手元の新潮文庫は、1980年のもので当時の版権は柳田國男の長男・柳田為正(2002年没)であることがわかる。

遠野物語の序文に「此話しはすべて遠野の人佐々木鏡石君より聞きたり」とある。柳田國男聞き書きした、神・天狗・河童などの話し119篇をまとめて、1910年(明治43年)に自費出版したのが初版になる。


NHKのテキストでは、全4回の放送としていくつかのキーワードを基に解説している。

【はじめに】 古くて新しい物語の世界へ
【第1回】古くて新しい物語の世界へ
小盆地の宇宙、『遠野物語』の誕生、「誠実なる人」と文体の仕掛け、「平地人を戦慄せしめよ」、「目前の出来事」「現在の事実」田植えを手伝う神様、河童の子殺し、「負の遺産」という問題、『遠野物語』の普遍性
【第2回】神とつながる者たち
神々の世界、「山の神」の両義性、ザシキワラシと家の盛衰、オシラサマの悲しい伝説、見えないものを見る力、マヨイガの幸運
【第3回】生と死魂の行方
デンデラ野とダンノハナ、通夜に現れた霊、魂の行方と人のつながり、神隠しの話と生まれ変わり、明治三陸津波、心の復興
【第4回】自然との共生
狼という存在、熊と狩猟民の崇高な関係、山で生きるルール、小鳥の変身と飢餓の記憶、眠っている記憶を呼び起こす、磨かれてゆく宝石のように

一世紀前に書かれた、さらに当時の昔話のように思っていたが、「目前の出来事」「現在の事実」では、単なる作品解説にとどまらず、遠野物語は現代も生きている精神文化を解き明かす。そして物語の地が実在していることを、いまではグーグルマップで居ながらにしてたどる事ができる。

NHK『100分de名著』遠野物語 P.65より

Google map 遠野市より

例えば、生と死の世界あるいはこの世と不思議な世界が境もなくつながっていると言う。遠野物語99話に出てくる明治三陸津波(1896年・明治29年)の話しで、東日本大震災(2011年)で被災した人たちの深層心理との共通性を指摘している。

遠野から40kmほど西に花巻がある。原著では逆に「花巻から東に遠野がある」と書いている。

この地へ行くには花巻の停車場にて汽車を下り、北上川を渡り、その川の支流猿ヶ石川の渓を伝いて、東の方へ入ること十三里、遠野の町に至る。(一話)

遠野と同じ文化圏に育った宮沢賢治は、遠野物語の16年後に「ぼくらのほうの、ざしき童子」(1926年)を書いている。

岩波文庫風の又三郎宮沢賢治』より

この世と不思議な世界のつながりは、日本人の意識の中に現代も生きている。


柳田為正氏死去/お茶の水女子大名誉教授】
2002/05/28 19:50
 柳田為正氏(やなぎた・ためまさ=お茶の水女子大名誉教授、動物生理学)28日午前3時55分、肺炎のため千葉県松戸市の病院で死去、87歳。東京都出身。自宅は東京都世田谷区。葬儀・告別式は31日正午から東京都江東区三好1-3-3、円通寺で。喪主は妻冨美子(ふみこ・83歳)さん。
 イソギンチャクなど腔腸(こうちょう)動物の研究で知られた。民俗学者柳田国男の一人息子で86年、長野県飯田市柳田国男の書斎の建物を寄贈した。
(注)通夜は30日午後6時から円通寺
http://www.shikoku-np.co.jp/national/okuyami/article.aspx?id=20020528000586

柳田國男館 - 飯田市美術博物館】
http://www.iida-museum.org/link/yanagida.html