マタイ受難曲 バッハ・コレギウム・ジャパン


バッハ・コレギウム・ジャパン 第107回定期演奏会
受難節コンサート2014 マタイ受難曲
[出演] 鈴木雅明(Cond)、ハンナ・モリソン/松井亜希(Sop)、クリント・ファン・デア・リンデ/青木洋也(Alt)、ゲルト・テュルク/櫻田 亮(Ten)、ぺーター・コーイ/浦野智行(Bas)

ひとことで言うなら、明快で澄み切った演奏でした。

プログラムに「マタイではふたつの合唱、ふたつのオーケストラが必要」と書いてあるように、客席から見て左側が1群、右側が2群の配置になっています。

私は2群の上部3階席でしたから、通常ではステレオ装置で聞く左右の広がりが、視覚的には上下の配置になります。
おかげで、1群の歌手(の横顔)が前後、どの位置にいるのかが、奥から舞台手前へ移動するのもわかります。そして1+2の合唱で、指揮者がどのパートへ指示を出しているのかがよく見えました。

第1部の最後、第29曲でパイプオルガンが加わるのですが、オルガン奏者の横にいるので手元まで見通せます。そして指揮者に背を向けて座っているオルガン奏者を向いて指揮をしている鈴木さんの表情もよく見えました。耳や目で確認はできませんが、確かに「気」を感じました。曲全体の時間・静も動も含めると、私が感じたのは「魂」と言っても良いかもしれません。

前に、デジタルメディア評論家の麻倉怜士さんに「ステージで音は上にあがる」と聞いたことがあります。人の声以外の楽器は四方に音が広がります。だからステージ上部に反射板が設置してあるサントリーホールやこの東京オペラシティ タケミツメモリアルホールは、必ずしも正面ど真ん中でなくても、いい響きが聞こえると3階そでの席にしました。

1部と2部に20分の休憩を挟みましたが、時間が短く感じられました。最後の第68曲合唱が終わり、指揮者がゆっくり手を下ろすまでの静けさは、感動をより深くしてくれました。観客もよく心得ています。

ホールから廊下へ出ると、隣の席の男性が「いい演奏でしたね」と話しかけてきました。私が「指揮者もよく見えましたよ」と答えると、「思いのほかいい席でした」と話して会場を後にしました。聴くだけでなく、目でも楽しめる今日の演奏会でした。

受難節コンサート2014 BCJ 公演情報
J.S.バッハマタイ受難曲 BWV244
2014年4月12日(土)静岡グランシップ 中ホール・大地
2014年4月13日(日)ミューザ川崎シンフォニーホール
2014年4月18日(聖金曜日東京オペラシティ タケミツメモリアル定期演奏会107回)
2014年4月19日(土)彩の国さいたま芸術劇場 音楽ホール
2014年4月20日(日)愛知県芸術劇場コンサートホール

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静かな音楽
アレグロ・コン・ブリオ〜第6章
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《ルターのコラールによる「コラール・カンタータ集」》
2015 年6月6日
『深き苦悩の淵から、私はあなたを呼びます』BWV 38
『 キリスト我らが主ヨルダン川に来たりたもう』BWV 7
『 我らを保たせたまえ、主よ、あなたの御言葉のもとに』BWV 126

2016年春
『 留まってください、私たちと共に』BWV 6
『我が魂は主を崇め』BWV 10
『私はこの世に何を求めよう』BWV 94

2016年秋
『 イエスよ、あなたはわが魂を』BWV 78
『いざ来ませ、異邦人の救い主』BWV 62
『目覚めよと、われらに呼ばわる声』BWV 140

2017年春
『 平安と喜びをもって、私は逝こう』BWV 125
『何と美しいことでしょう、暁の星が照り輝くのは』BWV 1
『ただあなたにのみ、主イエス・キリストよ』BWV 33

2017年10月31日
『主なる神は太陽にして盾なり』BWV 79
『われらが神こそ、堅き砦』BWV 80 他

宗教改革のコラールと言えば、『われらが神こそ、堅き砦』Ein feste Burg ist unser Gott が最も有名。しかしそれだけではなく、多くのコラールがルターとその後継者によって生み出されました。そしてJ.S.バッハの時代には、4000 曲ものコラールがあったにもかかわらず、彼は宗教改革時代に根ざした最も古いコラールを繰り返し用いてカンタータを作曲したのです。バッハ・コレギウム・ジャパンの中核を担うのは、やはりこうした教会カンタータに他なりません。
これからの3 年間、私たちの宝を、宗教改革時代の作曲家達と共に楽しんでいただきましょう。このプロジェクトでは、ルターのコラールを中心に、それに基づくカンタータとオルガン・コラールをお聴きいただき、そして毎回少しずつ、宗教改革時代の重要な作曲家を取り上げていきます。これらのすばらしい作曲家達の存在なくして、J.S. バッハの存在はありえないからです。
鈴木雅明